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東京地方裁判所 平成5年(ワ)11581号 判決 1996年3月28日

原告 岩波文門

岩波妙子

右両名訴訟代理人弁護士 弓中忠昭

元倉美智子

被告 明治生命保険相互会社

右代表者代表取締役 波多健治郎

右訴訟代理人弁護士 上山一知

被告 株式会社三菱銀行

右代表者代表取締役 若井恒雄

被告 ダイヤモンド信用保証株式会社

右代表者代表取締役 丹後忠次郎

右両名訴訟代理人弁護士 関沢正彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  (1と2を選択的に)

1(一)  被告明治生命保険相互会社は、原告岩波文門に対し、金一億二七三九万八〇〇〇円及びこれに対する平成五年七月二四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告明治生命保険相互会社は、原告岩波妙子に対し、金一億〇一七八万四〇〇〇円及びこれに対する平成五年七月二四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被告株式会社三菱銀行と原告岩波文門との間において原告岩波文門の被告株式会社三菱銀行に対する平成元年一一月二八日付け金銭消費貸借契約に基づく金一億六〇〇〇万円の債務及び平成四年六月五日付け金銭消費貸借契約に基づく金一二〇〇万円の債務が存在しないことを確認する。

(四)  被告株式会社三菱銀行と原告岩波妙子との間において原告岩波妙子の被告株式会社三菱銀行に対する平成元年一一月二八日付け金銭消費貸借契約に基づく金一億三〇〇〇万円の債務及び平成四年一二月二四日付け金銭消費貸借契約に基づく金一二〇〇万円の債務が存在しないことを確認する。

(五)  被告ダイヤモンド信用保証株式会社は、原告岩波文門に対し、金三四〇万〇九五二円及びこれに対する平成五年七月二四日から支払済みに至まで年五分の割合による金員を支払え。

(六)  被告ダイヤモンド信用保証株式会社は、原告岩波妙子に対し、金二八〇万九五九二円及びこれに対する平成五年七月二四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2(一)  被告らは、原告岩波文門に対し、連帯して金一億八七九三万三二五三円及び内金一億七三二八万四五〇三円に対する平成五年七月二六日から、内金六四万八七五〇円に対する平成六年一〇月二六日から、支払済みに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告らは、原告岩波妙子に対し、連帯して金一億五〇〇一万九八九八円及び内金一億三七〇二万九四八二円に対する平成五年七月二六日から、内金九九万〇四一六円に対する平成六年五月二六日から、支払済みに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

二1  被告ダイヤモンド信用保証株式会社は、原告岩波文門に対し、別紙物件目録≪省略≫記載一1の土地の持分についての別紙登記目録≪省略≫記載一1の、別紙物件目録記載一2の建物についての別紙登記目録記載一1の、別紙物件目録記載二1ないし4の土地、建物の各持分についての別紙登記目録記載二1の、各根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

2  被告ダイヤモンド信用保証株式会社は、原告岩波妙子に対し、別紙物件目録記載一1の土地の持分についての別紙登記目録一2の根抵当権設定登記及び同3の根抵当権変更登記、別紙物件目録記載二1ないし4の土地、建物の各持分についての別紙登記目録記載二2の各根抵当権設定登記及び同3の各根抵当権変更登記の各抹消登記手続をせよ。

第二事案の概要

原告らは、それぞれ、被告生命保険会社と変額保険契約を締結し、被告銀行との間で締結した消費貸借契約により借り入れた金員をもって一括してその保険料を支払い、右借入について被告信用保証会社との間で保証委託契約及び同契約に基づく求償権を担保するための根抵当権設定契約をそれぞれ締結した。

本件は、原告らが、右各変額保険契約、消費貸借契約、保証委託契約、根抵当権設定契約が、いずれも錯誤により無効である、又は、被告らの詐欺により締結されたものであるからこれらを取り消したとして、被告生命保険会社に対し、不当利得返還請求権に基づく既払の保険料相当額の返還を、被告銀行に対して借入債務の不存在の確認を、被告保証会社に対して保証料相当額等の返還と根抵当権設定登記の抹消登記手続を、それぞれ求め、選択的に、被告らの違法な勧誘等の不法行為を理由として、被告らに対し、支払った保険料、利息、保証料、登記手続費用相当額等の損害賠償を求めた事案である。

一  前提事実(特記しない部分は争いがない。)

1  原告岩波文門(以下「原告文門」という。)は、大正一〇年一月生まれの医師であり、原告岩波妙子(以下「原告妙子」という。)は大正一二年九月生まれであり、原告文門の妻である。

2  変額保険契約

原告らは、平成元年一二月一日、被告明治生命保険相互会社(以下「被告生命保険」という。)との間で、それぞれ保険期間終身、保険料一括払の、以下の内容の変額保険契約を締結し(以下、右二契約を合わせて「本件変額保険」という。)、同年一二月七日、被告生命保険に対し、保険料として、原告文門は、一億二七三九万八〇〇〇円を、原告妙子は、一億〇一七八万四〇〇〇円を支払った。(≪証拠省略≫)

(一) 契約者 原告文門

被保険者      原告文門

基本保険金額     二億円

(二) 契約者 原告妙子

被保険者      原告妙子

基本保険金額     二億円

3  消費貸借契約

原告らは、平成元年一一月二八日、被告株式会社三菱銀行(以下「被告銀行」という。)との間で、それぞれ弁済期平成二一年一一月二六日(元金一括弁済)、利息年六・二パーセント(変動金利方式、毎月二六日払)との約定で、以下の内容の消費貸借契約を締結し(以下、右二契約を「本件消費貸借」という。)、同日、右各金員を受領した。これらは、本件変額保険の保険料、本件消費貸借に伴う諸費用、後記保証委託契約、根抵当権設定契約に基づく保証料、根抵当権設定登記手続費用、今後二年半ないし三年間の本件消費貸借の利息金の支払資金等に用いるために締結されたものである。

(一) 契約者 原告文門

金額    一億六〇〇〇万円

(二) 契約者 原告妙子

金額    一億三〇〇〇万円

また、原告文門は、平成四年六月五日、被告銀行から、弁済期平成二一年一一月二六日(元金一括弁済)、利息年六・二五パーセント(変動金利方式、毎月二六日限り支払)との約定で、一二〇〇万円を借り受け、同日右金員を受領し、原告妙子は、平成四年一二月二四日、被告銀行から、弁済期平成二一年一一月二六日(元金一括弁済)、利息年五・七五パーセント(変動金利方式、毎月二六日限り支払)との約定で、一二〇〇万円を借り受け、同日右金員を受領した(以下、右二契約を合わせて「本件追加消費貸借」という。)。これらは、本件追加消費貸借に伴う諸費用、後記保証委託契約に基づく保証料のほかに、本件追加消費貸借による債務の今後の利息の支払資金等に用いるため締結されたものである(以下、右四つの消費貸借を合わせて「本件融資契約」という。)。(≪証拠省略≫)

4  保証委託契約

原告文門は、平成元年一一月二八日、被告ダイヤモンド信用保証株式会社(以下「被告信用保証」という。)との間で、原告文門の被告銀行との消費貸借契約に基づく債務を保証するため、二億四五〇〇万円を限度に保証することを内容とする保証委託契約を締結し、同日、有料保証料として三一六万八九一二円を、平成四年六月二六日、二三万二〇四〇円を支払った。

原告妙子は、平成元年一一月二八日、被告信用保証との間で、原告妙子の被告銀行との消費貸借契約に基づく債務を保証するため、一億三〇〇〇万円を限度に保証することを内容とする保証委託契約を締結し、同日、有料保証料として二五八万〇六一二円を支払い、平成二年一月五日、限度額を一億七二〇〇万円に変更し、平成四年一二月二四日、有料保証料として二二万八九八〇円を支払った(以下、右二契約を合わせて「本件保証委託契約」という。)。(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)

5  根抵当権設定契約と登記

原告文門は、平成元年一一月二八日、被告信用保証との間で、右4の保証委託契約に基づく被告信用保証の求償権を担保するため、原告ら所有の別紙物件目録記載一1、二1ないし4の各土地及び建物の原告文門の持分並びに同原告所有の同目録一2の建物に対し、極度額を二億七〇〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、同年一二月五日同目録一1、2の土地建物に別紙登記目録記載一1の、同月一六日別紙物件目録記載二1ないし4の土地建物に別紙登記目録記載二1の各根抵当権設定登記手続を了した。

原告妙子は、平成元年一一月二八日、被告信用保証との間で、右4の保証委託契約に基づく被告信用保証の求償権を担保するため、原告ら所有の別紙物件目録記載一1、二1ないし4の各土地及び建物の原告妙子の持分に対し、極度額を一億四三〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、同年一二月五日別紙物件目録記載一1の土地に対し、別紙登記目録記載一2の、同年一二月一六日別紙物件目録記載二1ないし4の土地建物に対し、別紙登記目録記載二2の各根抵当権設定登記手続を了し、平成二年一月五日、右極度額を一億九〇〇〇万円に変更する旨の契約を締結し、同月九日前記一1の土地に対し、別紙登記目録記載一3の、同月二五日前記二1ないし4の土地建物に対し、同登記目録記載二3の各根抵当権変更登記を了した(以下これらの契約を合わせて「本件根抵当権設定契約」という。)。(≪証拠省略≫)

二  争点

(原告らの主張)

1 詐欺

本件各契約(本件変額保険、本件融資契約、本件保証委託契約、本件根抵当権設定契約)は、利用者が、土地を担保として銀行から巨額の融資を受け、それを変額保険の高額の一次払保険料として支払い、融資のために保証委託契約や根抵当権設定契約を締結するという「セット商品」として販売されたものであるところ、被告らが事前に共謀し、高齢の原告らの無知、無経験、「子を思う弱み」、被告らに対する信頼を利用して、被告銀行の従業員であった直江正範(以下「直江」という。)及び被告生命保険の従業員であった横井透(以下「横井」という。)らにおいて、原告らに対し、「セット商品」が原告らに巨額の損害を与える危険性があるにもかかわらず、後記3(二)のとおり、その点についての十分な説明を行わず、かえってこれが安全、確実で理想の相続税対策であるかのごとく断定的に説明して、原告らを欺罔し、その旨誤信させて、本件各契約を締結させた。このような本件相続税対策としての「セット商品」が原告らに売りつけられた事実経過を総合すると、これは被告らの詐欺行為である。

したがって、原告らは被告らに対し、本件訴状(被告ら(被告銀行、被告生命保険、被告信用保証)に対し、いずれも平成五年七月二三日に到達した。)をもって、本件各契約(本件変額保険契約、本件融資契約、本件保証委託契約、本件根抵当権設定契約)を取り消す旨の意思表示をした。

2 錯誤

変額保険は、解約返戻金の最低額の保証がなく、払込保険料をいくらでも下回る危険があり、右危険はすべて保険契約者の負担となるものであるところ、後記3(二)のとおり、被告らは右危険について十分な説明を行わなかったため、原告らは、変額保険独自の危険はないものと誤信して、本件変額保険を締結した。これは要素の錯誤による意思表示である。

また、本件変額保険、本件融資契約、本件保証委託契約、本件根抵当権設定契約は、これらをすべて締結したとしても、相続税対策にならない場合があり、解約返戻金あるいは保険金を累積債務がはるかに上回り、場合によっては、担保権の実行等によって相続財産を失う危険があるが、原告らは、この「セット商品」にはこのような危険はなく安全確実な相続税対策であると誤信して本件各契約を締結した。これは要素の錯誤による意思表示である。

原告らの錯誤が動機の錯誤に当たるとしても、原告らは、被告らに対し、各契約の締結に当たり、右誤信した内容を話しており、動機を表示していたし、原告らに対して勧誘を行った被告らは原告らの動機を知っていた。

他方、本件セット商品の勧誘に際しての被告らの勧誘文言、用いた資料、商品の内容、その危険性が周知のものでなかったことに照らせば、原告らの右錯誤には重過失はない。

3 不法行為

被告らは、「セット商品」を販売する際、以下のような違法な行為を行い、原告らに本件各契約を締結させた。被告らのこれらの行為は、原告に対する共同不法行為を構成する。

また、被告らの右違法行為は、具体的には、被告銀行の従業員の直江と被告生命保険の従業員の横井がしたものであるが、横井は被告生命保険の被用者として、直江は、被告銀行及び被告信用保証の被用者として、その事業の執行についてこれらの行為をしたのであるから、被告らは、それぞれ、その使用者としての責任を負う。

(一) 法規違反

被告生命保険は、変額保険の保険料の運用リスクが契約者に帰属することを原告らに告げず、被告銀行の銀行員に変額保険の説明をさせ、その説明の際、私製資料を使用させたり将来の利益配当等の予想に関する事項及び契約者に関する特別の利益の提供を約した文書を利用させたり、保険料の運用に関して不実のことを告げさせたりするなど保険募集の取締に関する法律(以下「募取法」という。)に違反する行為を行った。また、被告生命保険は、被告銀行の担当者に将来の断定的判断の提供、最低保証をはるかに上回る死亡保険金額を保証する行為をさせるなど、大蔵省の通達に違反する行為を行った。

被告銀行は、保険の勧誘などが許されないのに、これをするなどの募取法に違反する行為を行った。

(二) 説明義務違反

被告らは、以下に述べるとおり、それぞれ変額保険独自のリスク(変額保険の運用は株式など投機性の高いものに高い割合で投資されること、満期金、解約返戻金は最低額が保証されておらず、九パーセント程度の運用利回りであれば、満期金、解約返戻金が融資債務を上回り、相続税対策として有効で、かつ、損害を被ることはないが、運用利回りが低い場合は、満期金、解約返戻金は払込み保険料及び債務額をいくらでも下回る危険性があり、右危険はすべて保険契約者の負担となること)及び「セット商品」のリスク(本件変額保険及び本件融資契約は、相続税対策にならない場合があること、解約返戻金あるいは保険金を累積債務がはるかに上回り、場合によっては担保権の実行等によって相続財産を失う危険性があること)を説明する義務があるにもかかわらずその説明をしなかった。

すなわち、被告生命保険及び被告銀行には、「セット商品」を販売するに当たって、それぞれ「セット商品」のリスクを説明する必要があり、また、その前提として変額保険独自のリスクを説明する義務がある。被告信用保証は、被告銀行の融資業務という統一的な目的のため担保設定業務を行っていて被告銀行と実質的一体関係にあるので、被告銀行と同様の説明義務がある。

そして、これらの説明に当たっては、個々の客の知識、経験に応じ、分かりやすい資料を用いて口頭で詳細にされるべきである。特に、本件のように、各契約がセットになっている商品については、その仕組みが極めて複雑にして特殊であり、高度に専門的で、底無しのリスクを有しており、かつ変額保険自体新規性があり、当時一般社会にさほど知られておらず、そのハイリスク性も、一般人にはほとんど認識されていなかったこと、その上、これらの商品が相続税対策ということで販売されていることからわかるように、その主たるターゲットは、手持ち資金の乏しい高額の土地持ちの高齢者であることなどに照らせば、繰り返し丁寧に具体的に説明すべきである。また、被告銀行は、このセット商品を、原告らに提案して積極的に売り込んだのであるから、高度の説明義務があったというべきである。

ところが、被告らは、いずれも、変額保険独自のリスクについても「セット商品」のリスクについても、右のような説明をしなかった。特に被告銀行は、過度に有利性のみを強調する資料を用いて勧誘したのであり説明義務違反は著しい。

(三) 断定的判断の提供等

被告銀行は、原告らに対し、「セット商品」は、節税効果があり、手持ち資金を必要とせずに相続税支払資金を準備できる理想の相続税対策である、被告保険会社は保険料をうまく運用し、将来的に銀行金利を上回る最低一三パーセント位の利回りがあり、原告らに決して損はさせないなどと言って、将来の出来事について合理性のない不実にして誤った断定的判断を提供した。

被告生命保険及び被告信用保証は、被告銀行の右行為を「セット商品」を売りつけるために利用した。被告銀行の右断定的判断の提供や被告生命保険及び被告信用保証のそれを利用する行為は、信義則に照らし、不法行為責任が問われるだけの違法性がある。

直江及び横井は、原告らに対し、前記1のとおり、それぞれ欺罔行為を行い、原告らを誤信させて、本件各契約を締結させた。このような詐欺行為は、高度の違法性を有し、不法行為を構成する。

(被告生命保険の主張)

1 原告らの主張は否認する。

2 原告らは錯誤を主張するが、様々な変数が関係する相続税対策に絶対的に有効な手段はないこと、年利一三パーセント以上の確定利回りの金融商品が存在しないことは常識であることに照らせば、誤信があったとは認められないし、また、安全確実な相続税対策であることが加入の前提であるという変額保険契約締結の動機は表示されていない。仮に要素の錯誤があったとしても、原告らは、保険料も保険金額も正確に知らず、どのような保険であるか知らず、本件保険契約を締結したというのであるから、重大な過失がある。

3 被告生命保険は、本件変額保険契約の締結に際し、必要な説明を行った。また、原告らは、被告生命保険の担当者の説明を聞く前に変額保険契約締結の意思を固めていたのであるから、これからそれに加入しようとする者に対するのと同じ程度の説明が必要なわけではない。

4 原告らには何ら具体的な損害が生じていない。

(被告銀行、被告信用保証の主張)

1 原告らの主張は否認する。

2 原告らが、被告生命保険の運用は将来にわたって一三パーセントが維持され、銀行金利を下回ることがなく、相続税対策として有効であると信じて本件各契約を締結したとするなら、原告らには重大な過失がある。

3 変額保険は被告生命保険のみが内容を説明する義務を負い、被告銀行、被告信用保証に説明義務はない。変額保険について、被告生命保険と共同開発、業務締結をしたことはなく、各契約は独立している。また、本件は通常の金銭消費貸借契約、根抵当権設定契約で、それについての説明義務は問題とならない。完全無欠な相続税対策が存在しないことは顧客も理解しているのであるから、相続税対策は、顧客が自らの判断で行うべきもので、被告銀行が、顧客の相続税対策について説明義務を負うことはない。

4 変額保険について、被告銀行の担当者の行為は、情報提供の域を出ていないので、募取法違反はない。保険の内容そのものは、原告が、保険会社に対し内容の確認をすべきである。また、被告銀行の担当者が断定的判断の提供等をしたことはない。

5 仮に原告らの損害賠償請求が認められる場合には、原告らに前記のとおり重過失があるから、過失相殺の主張をする。

第三当裁判所の判断

一  変額保険

≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

変額保険とは、保険会社が、保険契約者から払い込まれる保険料中、一般勘定に繰り入れられる部分を除いた部分を特別勘定として独立に管理し、その運用実績に基づいて保険金額及び解約返戻金額が変動する仕組みの保険である。ただし、死亡・高度障害保険金については、保険金額に最低保証が設けられており、基本保険金額と呼ばれている。保険金等が将来の運用実績によって変動する点、資産運用は一般勘定と分離して特別勘定を利用して行い、そのリスクを契約者が負担する点、死亡・高度障害保険金には最低保証があるが、満期保険金及び解約返戻金には金額保証がない点に、従来の定額保険とは異なる特徴を有する。

変額保険は、日本では、昭和六一年七月に大蔵省から認可され、同年一〇月から発売が開始された。発売にあたり、従前、日本においては契約時に定めた保険金額が保険期間中一定している種類の生命保険しかなかったことに鑑み、大蔵省は、同年七月一〇日付で、将来の運用成績についての断定的判断を提供する行為、特別勘定運用成績について、募集人が恣意に過去の特定期間をとりあげ、それによって将来を予測する行為、保険金額あるいは解約返戻金額を保証する行為を禁止する通達を出し、生命保険協会では、自主規制として、試験等に合格し生命保険協会に登録して変額保険の販売資格を得た者だけが、変額保険の募集に従事できるものとした。

変額保険は、インフレによる保険金額の実質的目減りを避けられる点等にメリットがあるところ、日本においては、高利回りの投資商品として着目されるとともに、特に、いわゆるバブル経済期の不動産価格高騰時には、銀行から借り入れた資金で変額保険の保険料を一括して支払うことが相続税等の税金対策になるとして、多くの変額保険の勧誘がされた。

二  原告らの加入の経緯

前記前提事実に≪証拠省略≫、証人直江、同横井の各証言、原告文門本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

1  直江は、昭和六二年から平成二年まで、被告銀行阿佐ヶ谷支店の銀行員で、同支店の副支店長であった。

横井は、昭和六三年から平成三年まで、被告生命保険阿佐ヶ谷営業所の営業所長であり、昭和六一年一〇月、変額保険についての販売資格を得ている。

原告文門は、大正一〇年一月生まれの医師であり、原告妙子は、大正一二年九月生まれで、原告文門の妻である。原告らは、原告妙子の実父で、原告文門の養父である岩波寛(昭和五六年六月死亡)の資産を相続し、多数の株式のほか別紙物件目録記載のとおり、東京都杉並区及び長野県諏訪市に土地建物を所有していた。

2  平成元年四月一三日、原告文門は、従来から取引のあった被告銀行阿佐ヶ谷支店を税金の納付等のため訪れ、直江と初めて会い、同年八月四日、被告銀行阿佐ヶ谷支店を訪ねた際には、直江から、被告銀行の株式を購入することを勧められた。原告文門は最終的にこれを承諾し、九四三万八〇〇〇円で被告銀行の株式三〇〇〇株を購入することとし、右手続等のため被告銀行を時々訪ねて直江と会ったが、それらの際直江は、原告文門に対し、最近、土地の価格が高騰して、相続税支払のため土地を売却したり物納せざるをえなくなってしまった人が多くおり、原告らも早めに相続税対策をとる必要があると述べ、被告銀行が相続税対策を紹介する旨を話した。

3  同年一〇月一一日、原告文門は、購入した被告銀行の株券を受領し、直江の言う相続税対策を聞くため、原告妙子とともに被告銀行阿佐ヶ谷支店に赴いた。

右支店において、直江は、原告らに対し、原告らの相続税は、既にそれぞれ二億円を越し、将来的には各々数億円に達することが予想されると述べた上で、≪証拠省略≫を原告に示した。≪証拠省略≫は、大きく「保険料を一銭も払わずに、高額の相続対策資金が準備できる理想の相続対策プラン(RITプラン)が開発されました!」との白抜きの文字が書かれ、RITプランの仕組みとして、1被相続人および相続人全員が最高加入限度まで変額一時払終身保険に加入、2ご加入時に必要な一時払保険料は、ご所有の土地に根抵当を設定し、これに伴う登録税とともに全額銀行から借入、3毎年の利息は、その都度追加借入、4相続発生時には、相続人に対し高額の保険金と精算金が用意される一方、銀行借入による債務増大と一時払保険料の権利評価特例で相続税の課税価格を大幅に引下げ、との説明が記載され、その下にRITプランの例として〔変額保険利回り九%の場合の相続時収入および節税額〕として、経過年数ごとの節税額、実質収入などの数値が記載されている。

直江は、≪証拠省略≫に基づき、同人のいう相続税対策を説明したが、それは、原告らが、その所有する阿佐ヶ谷及び諏訪の土地等に担保権を設定して銀行から借入を行い、右借入金を一時払保険料として支払って、原告文門が三億円、原告妙子が二億円の基本保険金の保険に入り、また、右借入金から、借入金に対する利息も支払い、原告らの死亡時には、その死亡保険金で、銀行からの借入金を返済し、納税資金を準備するというものであった。直江は、その際、この保険は主として株式で運用するので、その運用成績は株価との関係で変化するが、基本保険金は保証されていること、そのため、保険契約締結後運用益が上がらない場合でも、契約後一〇年は死亡保険金(基本保険金)で借入金の返済を全部まかなえること、現在は一三パーセント程度の運用成績であり、このままいくと死亡保険金は、借入金を上回り、これを返済しても相続税の支払に充てる資金ができる見込みであることを説明したが、運用状況が悪くなった場合についての借入金との関係について具体的に説明したわけではなかった。

なお、同日は直江のみが説明を行い、横井等被告生命保険の人間は立ち会っていなかった。

4  原告らは、直江の右説明により、相続税対策を目的として、銀行から融資を受け、融資金を一時払保険料として払い込んで保険に加入する方法があることを知ったが、同日は右方法をとることについての返事を保留した。原告両名は、自宅で検討の結果、直江の勧める右方法をとることを決意し、同月一三日、原告文門は、直江に対し、これらの方法をとり、保険に加入したい旨の意思を伝えた。

5  被告銀行は、右同日、原告らの右回答を踏まえ、ダイヤモンド不動産調査株式会社に対し、原告ら所有の資産の担保評価のための審査を依頼し、また、同月中旬ころ、横井に対し、原告らの氏名、生年月日、資産、相続税について情報を提供し、原告らについて、相続税が二億円から三億円かかるので、保険金が二億円から三億円の変額保険の設計書を作成するよう依頼した。

横井は、それに応じ、同月二〇日ころまでに、基本保険金額三億円の設計書(死亡・高度障害保険金、解約返戻金の数字については手書きされていたもの)と基本保険金額二億円の設計書(死亡・高度障害保険金、解約返戻金等の数字がタイプで打たれた≪証拠省略≫と同一形式のもの)を各三部ずつ作成し、そのうち各二部を被告銀行に交付し、各一部を手元に残した。

右設計書は、死亡・高度障害のときの保険金額について、最低保証される金額(基本保険金)がある旨の記載とともに、「この保険は運用実績に応じて保険金額が変動します。」「変額保険は、保険金額・解約返戻金が変動するしくみの保険ですが、保険の内容・特質をご理解いただくために下記例表を掲載しています。この例表の数値は、当商品の営業案内にも御説明のとおり、運用実績および配当実績により変動(上下)しますので将来のお支払額をお約束するものではありません。」との文言により、死亡・高度障害保険金、解約返戻金が運用によって変化する旨が記載され、運用実績が九パーセント、四・五パーセント、〇パーセントの場合の七二歳時(経過年数三年)、七四歳時(同五年)、七九歳時(同一〇年)、八〇歳時の死亡・高度障害保険金、解約返戻金の額が記載されていた。

6  同年一〇月二四日、原告らは、被告銀行阿佐ヶ谷支店において、直江も同席の上、横井から、約二〇分程度の時間で本件変額保険等について説明を受けた。

横井は、右5の設計書に基いて保険の説明を行い、名前、年齢、保険金、保険料を確認し、設計書の図解にしたがって、死亡・高度障害保険金は、基本保険金の額は最低限保証されるが、運用によってその額が変わること、解約返戻金も運用によって数値が設計書に記載されたように変化することなどを説明した。

なお、この段階では原告ら所有不動産の担保価値及び被告銀行の融資額が決まっていなかったため、最終的な保険料、保険金額は定まっていなかった。横井は、被告銀行から原告らへの貸付金の利率等は知らず、保険金と累積債務額との関係については説明しなかった。

7  同年一一月六日、原告らは、横井が同行した藤原敬男医師に保険加入のための健康診断を受け、保険加入申込証(原告文門について≪証拠省略≫、原告妙子について≪証拠省略≫)に署名し、押印した。

原告文門の生命保険加入申込証は、基本保険金額が三億円とタイプで打たれており、原告妙子については、白紙であった。なお、前記前提事実のとおり、原告文門について基本保険金額は二億円であるが、入金された保険料の額で自動的に被告生命保険により基本保険金額が判断され、決定されるので、右申込書に基いて、本件変額保険が締結された。

8  同年一一月中旬、被告生命保険は、審査の結果、原告らが本件変額保険に加入できることになったことを被告銀行、原告らに告げた。

同年一一月一一日ころ、被告銀行は、原告ら所有の物件に設定できる根抵当権の極度額との関係で、原告らに対する融資額を決定し、右融資額との関係で、原告文門、原告妙子ともに前記前提事実2記載のとおり基本保険金額が二億円の保険に加入することとなった。

同月二八日、被告銀行阿佐ヶ谷支店で、直江から融資額、利息、返済方法等について説明を受けた上、前記前提事実3、4、5記載のとおり、本件消費貸借、本件保証委託契約、本件根抵当権設定契約を締結した。また前記前提事実2記載のとおり、同年一二月一日付けで本件変額保険が締結され、同月七日、右の保険料が支払われた。

9  同年一二月七日、横井は、本件変額保険の領収証としおりを持って原告らの自宅を訪ね、これらを原告らに交付した。

10  原告らのもとには、被告生命保険から、同年一二月二二日、本件変額保険の原告妙子についての生命保険証券が、同月二三日、原告文門についての生命保険証券がそれぞれ到着した。右保険証券には、原告文門について、保険料は、契約時の一億二七三九万八〇〇〇円であり、基本保険金は二億円、死亡の場合の保険金合計は二億円と変動保険金の合計額であると記載され、原告妙子について、保険料は契約時の一億〇一七八万四〇〇〇円で、基本保険金は二億円、死亡の場合の保険金合計は二億円と変動保険金の合計額であると記載されている。

11  原告文門本人尋問の結果、証人直江の証言中には、右認定に反する部分があるが、これらはいずれも前掲各証拠に照らし信用できない。

なお、原告文門は、原告文門本人尋問の結果及び≪証拠省略≫(同人の陳述書)において、本件について保険の設計書をもらったことはないし、これに基づいて説明を受けたことがない旨陳述する。

しかし、保険会社は生命保険契約締結に先立ち設計書を作成するのが一般であり、本件においてそれを省略する特段の事由は認められないこと、原告文門の主張に従えば、原告は、自分の加入する保険の具体的な資料を何も得ずに、高額の本件変額保険等の契約を締結したことになるが、それは不自然なことなどから、設計書をもらったことはないとの右供述等は信用できない。

三  本件各契約の締結と原告らの錯誤

原告らは、本件変額保険等の各契約締結の際、被告らが説明義務を尽くさなかったことが原告らに対する欺罔行為に当たり、かつ、そのため原告らが錯誤に陥ったと主張する。

そこで、まず、そもそも原告らについて錯誤が認められるか否かについて検討する。

前記認定のとおり、本件各契約は、原告らの相続税対策を目的として締結されたもので、死亡時の保険金及び精算金を相続税の原資として予定するというものであったこと、原告らは、本件各契約締結の際、本件変額保険の保険契約者、被保険者について理解していたほか、本件変額保険においては、死亡時に保険金が支払われ、その最低額は保障されていること(基本保険金額)、保険料は株式等に投資されて運用され、保険金、解約返戻金は、運用の結果変動すること、一時払保険料及びその利息支払については、被告銀行からの融資で賄うこと、その際、被告信用保証に保証委託をすることなどを認識していたと認められる。また、本件変額保険について、被告らの担当者が、将来の運用利益を保証した事実は認められない。

右の事実に照らすと、本件各契約の締結について、原告らの意思表示に、特段の瑕疵はなく、契約締結について要素の錯誤はないというべきである。原告らが主張する錯誤は、結局、保険金、解約返戻金についての運用利回りが原告の予想ないし期待を下回っているということにすぎず(相続税対策にならないときも、そのような場合である。)、保険金、解約返戻金が株式等の運用の結果により変動することを認識していた以上、現段階の運用実績が悪く、債務の累積を招来しているといっても、本件各契約締結時の意思表示に錯誤があったとはいえない。

また、詐欺については、前掲各証拠によれば、直江、横井の変額保険に関する運用の見通し、変額保険加入の効果等に関する発言ないし説明は、同人らのその時点における予想(結果としてはずれたのであるが)を述べたもので、同人らに、原告らを積極的に欺罔する意思はなかったと認められるし、積極的に一定の利回りを保証した事実も認められないから、その余の点を判断するまでもなくこの点の原告らの主張は採用できない。

したがって、原告らの錯誤無効の主張及び詐欺取消しの主張は理由がない。

四  説明義務違反について

本件において、各契約を無効にする錯誤はないとしても、被告らに不法行為と評価すべき行為(作為、不作為)が認められれば、被告らはこれにより生じた原告らの損害を賠償すべき義務が発生すると考えられるから、次に、この点について検討する。

1  取引を行う際、それを勧誘等する者には、取引相手方が自己の判断と責任においてその取引ができるように配慮する一定の信義則上の義務があり、右義務に違反した一定の行為(作為、不作為)が、違法性を帯びると評価される場合があると解される。この場合、どのような具体的行為が右信義則上の義務に違反し、違法性を帯びるかは、取引の内容(当該商品の危険性、商品内容の周知性)、勧誘者の立場、勧誘の内容、取引相手方の経験・知識・資産等によって異なるものと考えられるが、欺罔行為などの高度の違法性を有する行為のほか、一定の場合には、積極的に商品内容を説明しないことが違法と評価される場合もあると解される。

2  原告らは、本件では、被告らに変額保険(特にそのリスク)に関する説明義務及び「セット商品」のリスクに関する説明義務が存在することを前提に、これらが尽くされていなかったと主張する。

(一) 前記一で認定したとおり、変額保険は、日本においては比較的最近に販売されるようになった商品であり、従来の定額保険と異なり、保険会社の運用により、保険金額、解約返戻金額が変動するという特色を持つものであり、危険性(リスク)もある。そのようなこともあって、大蔵省は特別の通達を出し、生命保険協会もその募集に際し特別の資格を必要とすることとした。また、原告らが本件変額保険に加入した平成元年当時、右のような変額保険の性格が広く一般に周知されていたとは認められない。

したがって、変額保険を勧誘する場合に必要とされる説明義務の範囲は、前述のとおり、取引相手方の理解力等種々の要素によって異なるものではあるが、変額保険の右のような性格に照らせば、一般的に、これを勧誘する保険会社には、定額保険と異なり、基本保険金額は保証されているものの運用の結果により死亡、高度障害時の受取保険金額及び解約時の返戻金額が変動する、したがって危険性もあるということを、加入者に対し、説明する義務が信義則上存在すると考えられる。

(二) 次に、原告らが生命保険会社との間で締結した変額保険契約、銀行との間で締結した融資契約及び信用保証協会との間で締結した保証委託契約は、それぞれ契約当事者を異にする別個の契約であり、右各契約締結に当たり、一方当事者である生命保険会社、銀行、信用保証会社が自ら締結する契約の内容・危険性を説明する義務を負うことがあることは当然としても、通常の場合は、原則として、同人らが、契約当事者を異にする他の契約の内容・危険性、及び、数種の契約を同時期に締結した場合の効果・危険性等を説明する義務を負うことはないと考えられる。

しかし、各契約相互間の関連性の強さや、ある契約の当事者が他の契約の締結等に関与した場合のその関与の度合いによっては、その当事者が自らの契約についてだけでなく、当該他の契約の内容、これら相互の関係、その効果等を説明する義務が信義則上発生する場合もあると解される。

(三) 本件においては、前認定のとおり、被告銀行からの融資が本件変額保険への加入の前提となっていた(払い込むべき保険料も融資額により決定されるという関係にあった。)のであるから、本件変額保険と本件融資契約(前掲各証拠によれば、本件保証委託契約、本件根抵当設定契約も被告銀行の担当者が実質的にしたものと認められるから、被告信用保証の説明義務については、被告銀行の説明義務の問題として検討すれば足りるものと考える。)は、原告主張の「セット」として評価すべきものである。このような本件変額保険と本件融資契約との関連性の強さからすると、被告生命保険は、変額保険の内容、危険性について説明する義務のほか、本件融資契約とセットになっている場合の効果及び危険性を説明する義務も、具体的状況下において、信義則上負う場合もあるというべきである。

また、本件においては、前認定のとおり、被告銀行の担当者である直江が、原告らに対し、変額保険及び変額保険と融資契約等を組み合わせた「相続税対策」の紹介、勧誘を行い、原告らもそれによって初めて変額保険や変額保険と融資を組み合わせる方法での相続税対策を知り、かつ、これに加入することを決意していること、その後の保険会社との連絡や保険の設計書のやりとり等も被告銀行を通じて行われており、被告保険会社担当者による説明も被告銀行が設定して被告銀行の支店において実施されていること、原告らは必ずしも実業経験、投資経験が豊富であるとはいえない高齢者であること、融資額や一時払保険料額は極めて多額であることなどの事情が認められる。これらの事情に照らせば、被告銀行についても、変額保険の危険性及び変額保険と融資を組み合わせた場合の効果、危険性等について説明義務があるというべきである(以下これらの説明義務の対象となる事項を「本件要説明事項」という。)。

(四) なお、以上のように本件要説明事項について複数の者が説明する義務を負う場合については、各自が説明義務を負うことは当然であるが、ある者が契約締結に至るまでに、一部又は全部について説明を尽くし、相手方がこれを認識していると認められる場合には、他の者は、これを援用し、又はこれを前提として、説明がされていない部分について説明すれば足りるもの(ただし、自らが当事者としてする契約の基本事項について説明義務を免れるものでないことは当然である。)と解すべきである。

(五) そこで、本件について検討する。

まず、被告生命保険については、横井が原告らに対してした変額保険の説明の説明時間は、前認定のとおり決して長くはないが、これは、前認定のとおり、事前に直江によって変額保険の概要について説明が行われ、横井において、原告らがこれを認識していると考えたことによるものであることが認められる。その上で横井は、保険金及び解約返戻金等が変化する旨が記載されている設計書を原告らに事前に交付しておいたうえ、原告らの面前で、それを示して、基本保険金額が保証されていること、死亡・高度保険金が運用実績に応じて変動すること、解約返戻金も、設計書記載のとおり、保険会社の運用実績に応じて変動することを説明していることが認められる。なお、その説明の際には、横井は、当時の経済状況及び変額保険が当時平均一三パーセント程度の運用実績であったとの認識から、将来予測についてもプラス面に比重が置かれる形で説明したであろうことは想像に難くないが、設計書には、明らかに四・五パーセント、〇パーセントについても図示されており、横井は、原告らに対し、右記載の程度の内容については説明をしたと認められる。

しかしながら、本件の全証拠によるも、横井が、本件変額保険の運用実績が悪化した場合に、銀行融資の利息が運用利益を上回り、累積債務が膨大となるおそれがあることまでの説明をした事実は認められない。

そうすると、横井の説明は、本件変額保険と本件融資契約との関連性とその効果、危険性の点において十分でなかったものといわざるをえない。しかしながら、前認定のとおり、本件変額保険を含む各契約については、被告銀行の担当者であった直江において、横井が説明する以前にその概要が説明されており、横井はそれを確認しつつ、補充的に本件変額保険の内容、その特質を説明したものであり、また、本件各契約全体の段取り等は、すべて直江が主導して行ったものと認められる(なお、≪証拠省略≫、横井証言によれば、変額保険の顧客とのコンタクトは、銀行と共同でとるとの方針があったことが認められる。)から、このような状況の下においては、横井は保険金ないし解約返戻金が運用実績により変動することを説明した前記の程度の説明で足り、本件変額保険と本件融資契約との関係における効果、危険性についてまで、説明義務を負うものではないというべきである。したがって、被告生命保険には、本件要説明事項について説明義務違反はないと認めるのが相当である。

次に、被告銀行について検討する。前認定のとおり、直江は、原告らに対し、本件変額保険の概要及び本件各契約の対象となる契約相互の関係と目的、すなわち、変額保険の保険料を一括払するために銀行から融資を受け、その際、被告信用保証との間で保証委託契約と根抵当権の設定契約を行い、融資を受けた金員を直ちに変額保険の一時払保険料として支払い、死亡時に受け取る変額保険の死亡保険金(最低金額は保証されている。)を融資の返済と納税のための資金として用いるという仕組と目的を説明しており、また、被告銀行からの借入金額やその金利、変額保険の基本保険金、保険料についても説明をしている。そうすると、本件変額保険については、直江の説明だけでは十分とはいえないものの、横井の前記説明とあいまって、その内容及び危険性について説明が尽くされていると認めることができる。

ただし、前認定のとおり、直江は、当時の変額保険の運用実績が一三パーセントであり、少なくとも九パーセント程度の運用利回りは確保されていくであろうとの認識ないし予測の下に、原告に対し、≪証拠省略≫に基づいて説明を行ったことが認められるのであり、したがって、右運用利回りが銀行の融資金利を下回った場合の危険性については、十分な説明を行ったとは考えられない。しかしながら、錯誤についての検討で述べたとおり、直江は九パーセントないし一三パーセントの運用利回りを保証したものではなく、単に今後もその程度の利回りが継続するであろうことを予測したにすぎず、その予測自体、結果的には外れたことになるが、当時の経済情勢の下においては、いちがいに非難されるべきものではないといわざるをえず、かつ、右認定のとおり、直江は、本件融資契約における利息の説明と変額保険においては保険金ないし解約返戻金が変動することの説明を行っており、運用利回りが落ち込めば、融資金利が上回る結果になることは当然であり、この理は原告らの理解を越えるものとは考えられないから、直江ひいては被告銀行に、本件要説明義務事項について、不法行為責任を発生させるような説明義務違反があったとは認められない。

(六) なお、変額保険と融資の組み合わせによる相続税対策の効果等に関する説明についても、被告銀行は、相続税対策の仕組み及び各契約の関係や、融資金額、その利率等について説明し、かつ、右で述べたように変額保険自体についても原告らに対し重要事項について説明をしていると認められるのであるから、原告らの判断の基礎とすべき要素についてはすべて説明しているというべきである。原告らの主張する相続税対策にならない場合というのも、結局、本件変額保険の運用利回りが悪化している場合であり、この運用利回りが変動すること自体は、説明されているのであり、かつまた、相続税法規・通達類や相続の対象となる資産の評価は、将来において当然に変動するものであり、当該方策が最終的に有効な相続税対策になるかどうかは相続時まで不確定であることは、ある程度常識というべきであることも考えると、本件において、被告銀行に、相続税対策としての諸方策の説明に関し、説明義務違反はないと解するのが相当である。

五  募取法違反、断定的判断の提供について

原告らは、被告生命保険及び被告銀行に、募取法違反や大蔵省の通達違反があったと主張するが、取締法規である募取法あるいは大蔵省の通達に反することが直ちに私法上違法となるものではない。そして、前記二、三、四のとおり、横井、直江の説明、原告らの立場に照らせば、被告らには私法上違法と評価される断定的判断の提供等の行為を認めることはできない。

第四結論

以上のとおり、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山﨑恒 裁判官 窪木稔 柴田義明)

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